リアルワールドデータ株式会社の尾板社長に取材!

尾板 靖子(おいた やすこ)

リアルワールドデータ株式会社 代表取締役

小学校や中学校で受けた健診結果は、紙データとして少なくとも5年間は学校に保存される。5年間保存された紙データは次の生徒の紙データを保管するために、廃棄される場合がほとんど。そうした廃棄される健診情報や、利活用されてない電子カルテ由来の診療情報を統合したデータベースを構築、運用し、予防医療や医療の向上、医療費の削減を最適化する社会を実現しようとするのがリアルワールドデータ株式会社だ。対症療法から予防医療へ。誰もが実現していないことに取り組む会社を引っ張る尾板社長はこれまでどのような経緯があって現在に至るのか、その生き方を取材してきました。

会社設立の経緯

現在の活動をされるまでの経緯を教えてください!

元々リクルートで個人の独立開業を支援する情報誌の法人営業をしていました。右も左もわからずに入社して、担当顧客がない状態からのスタートだったので、初めはものすごく苦労しました。でも当時は楽しかったです。色々な業界に営業に行くことができたし、たくさんの経営者に会う経験もできました。ところが、2、3年すると全国で売り上げトップの営業をするところまでいって、天井を感じてしまったんです。

どういうことですか?

自分がある程度目標にしていたところまでいってしまったのです。私は昇進や昇格にあまり興味が無かったので「私は次どこ目指したらいいのだろう」って思うようになりました。目指すものがない日々のなかで毎日広告営業している自分に違和感を抱き、独立しようと思いました。

独立することに抵抗はなかったんですか?

実は、祖父も父も経営者でした。日頃からその姿を見ていて「自由だな。自由っていいな」という印象を持っていたので、独立することに対して抵抗はなかったですね。独立して自分で会社を創ったのが27歳の時です。次の会社も、なんだかんだいって広告関係でした。

なるほど。

独立後しばらくは忙しかったです。営業を1人で行っていたのですが、クライアントが一番多いときには150社くらいありました。平日は朝から夜まで、土日も電話が鳴り止まない状況で、さすがにこのまま進めたらキャパオーバーだなと感じてしまったことと、社員の生活を支えるために、お金を稼ぐ機械のように広告を売っているような感じがして辛かったですね。

そうだったんですね。

独立後3、4年してから、たまたまかかりつけ医だった眼科の先生と話をしていたときに、ヘルスケア市場の話を聞いて、そのマーケット規模の大きさにものすごく驚いたことを覚えています。その先生に「自分の今の状況、今の仕事にやりがいを見出せなくて、ヘルスケア業界でもっと人のため社会のためになることをしたい」と相談したら、アイデアが豊富で凄い医学部教授がいるからと、紹介してくれたのが川上浩司先生でした。初めて川上先生から「ライフコースデータの完成」のビジョンを聞いたときには衝撃を受けました。と同時に私が探していた新規事業ってここなのかなって思いました。川上先生もちょうどその時にこのライフコースデータを実現してくれる人を探していたそうで。

すごい偶然ですね。すぐにお返事を出したのですか?

興味はあったのですが、壮大すぎて即答できませんでした。1ヶ月いただいて、お返事しました。そして後にリアルワールドデータと合併する検診情報の収集と利活用を行う株式会社学校健診情報センターを設立しました。

壮大な未知への挑戦、不安はありませんでしたか?

もちろん不安はありました。税理士の方や弁護士の方に相談した際はみなさん揃って事業化は無理なのではないかと止められました。と言うのも病院の診療データ、学校の健診データというのは機微な情報なので、お預かりすること、それを利活用していくことのハードルが非常に高いです。それでビジネスをしようとするのは不可能に近いと言われました。それでも、やらなくて後悔するよりはやって後悔したいと思い、挑戦することにしました。私ひとりから始めて、まだ道半ばですがここまできました。当時はどうなるかわからなかったのですが、自分がやってきたことは間違い無かったのだと、今では確信しています。

行動の原動力

尾板社長の行動の原動力はなんですか?

親の影響は大きいですね。両親は厳しかったですが、私の自由を尊重してくれたように思います。母親は私が4、5歳の時にピアノをやりたいというと、すぐに買ってくれたんです。すぐに辞めるかもしれないのに高価なピアノを買ってくれました。自分のやりたいことをさせてくれるような親でした。高校の時は、当時流行っていたポケベルやPHSがどうしても欲しかったんです。でも当然お小遣いは決まっていたので、自分でバイトをして買いました。親は自分で稼いで買う分には何も言いませんでした。大学も、奨学金を借りながら学費を全額自分で払い卒業しました。対価を払うことで自由が得られる、という考え方はこのときに身についている気がします。

他に、影響を受けた考え方、経験はありますか?

リクルートで働いた経験は今に活きていると思います。先ほど、全国でトップ営業と言いましたが、入社して最初の3ヶ月は鳴かず飛ばずで売れなかったんです。10月入社なのですが、3ヶ月が終わる12月の終わりに、一社、それも一番小さい枠の広告で受注が入りました。それから自信がついたのですが、それまでは毎日泣きながら仕事していました。

よほど辛かったんですね。

はい。でもそれは自分の数字が上がらない辛さではなくて、クライアントのためになっていないんじゃないか、と思う辛さです。毎日多くのお客さんに提案してましたし、月に100社くらい提案していた時期もありました。100社探すのももちろん大変ですが、それだけの経営者(陣)に提案して、全然受け入れられないのは、相手のためになっていない提案をしているのではないかと落ち込みました。

好転のきっかけは何だったのでしょうか?

当時のマネージャーに「自分がやっていることがクライアントのためになっていないんじゃないか、だから受け入れられないのではないか、辛いです」と相談したところ、彼は私に、「お前がその視点を持っている限り大丈夫」と言ってくれたんです。この言葉に支えられて、辛い状況のなか仕事をやり抜くことができました。

ありがとうございます!最後にご自身の経験をもとに、学生へメッセージをお願いいたします。

私は今まで、やらなくてする後悔よりもやってする後悔の方が良いと思って進んできました。時間が経って「あのときやっておけば良かった」と言っても過去には戻れないから、やって後悔した方がいい。一回切りのあっという間の人生なので、自分の人生、やりたいなと思ったことは絶対にやった方がいいです。
これは、チャンスが訪れるときに、自分の乗りたい列車がやってきてそれに乗れるか乗れないかだと思うんです。その列車はもう来ない可能性もあります。だから、チャンスがきたら必ず掴みに行ってほしい。そのためには「諦めない」ということが大事だと思います。諦めるとチャンスに気づけないんです。いつかこういうふうになりたいなって持ち続けていれば、列車が来たときに飛び乗れる、だから諦めないって大事だと思います。

「対症療法」という今まで当たり前とされていた医療の常識から「予防医療」へのシフトを目指すという壮大な未来にただただ驚きました。医療分野におけるデジタル化が、今の、未来の生活を豊かにしてくれることを願っています。

1 件のコメント

  • 私は、病院で人間ドックの事務管理を担当しています。予防医療へのシフトとは、どのような手法で実現されようとされているのか、詳しく知りたいです。まずはどのように学ぶことができますか?

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