小谷 達雄(こたに たつお)
株式会社イセトー 代表取締役会長
生年:1952年
安政2年に設立され、代々引き継がれてきた株式会社イセトーの5代目が小谷会長である。「紙」を事業の基盤とする中で、常識に囚われず絶えず変化を繰り返してきた。そうした革新の姿勢はどのようにして生まれたのか、小谷会長の生き方や考え方を取材しました。
地図を示すことはできない
本日は小谷会長が学生や20代の時、どのように過ごして、それが今にどう繋がっているかをお聞きできたらと……
きっと私の学生の時の話をしてもなんの役に立たないと思います。私が学生の頃は、ただ遊んでいただけだし、40年前と今では社会が全然違うので。
確かに……
私が「君たちはこうしなさい」という詳細な「地図」を渡すことには意味がなくて、大まかな方向性となる「コンパス」であれば示すことができるんじゃないかなと思います。
おっしゃる通りです。では、その「コンパス」を教えてください。
今は昔より作りたいものが自分で作りやすくなりました。例えば情報発信ひとつとっても昔は誰もができるわけではなかったですが、今は誰でもスマホひとつで発信できるようになりました。これからの社会を考えるときに、これまでの常識はほとんど通用しません。
今の大学生はこれから社会に出て働いていくわけですね。終身雇用を否定するわけではないけど、終身雇用を目当てに会社に入ったり、目的にして会社を選んだりするのはこれからの時代にあってないんじゃないかと思います。40年前は企業を選ぶとき、自分を守ってくれる会社を選んでいた。そんな企業に入れば安泰の時代でした。でも時代はどんどん移り変わっていきます。だから僕の真似をしたってしょうがない。過去に囚われず、未来に目を向ける。当たり前のようだけどこれが意外と難しいんだと思います。
学生時代に戻ったらどうする?
なるほど。ではもし小谷会長が今大学生に戻ったらどう過ごしますか?
きっと今と違わない生活をしますね。朝は6時に起きて、ストレッチ。好きな時間に好きなことをして、大学には……行かないですね。
大学生なのに大学行かないんですか(笑)
大学に行くとしたら、それは自分の好きな教授がやっている講義を聞きにいく、くらいですかね。就職するために大卒が必要と思わないですが、たくさん時間があるので「自分が何をしたいのか」「どんなことを成し遂げたいか」ということを考えるかな。
就職のための大学は必要ない……
学校では、言われたことをきっちりやるための訓練はされるけど、何かの課題について考えるための訓練が全然されない。大切なのは、正解のない課題に対してどう向き合うか、なのに、そうしたことを十分に考えないまま就職になります。ですから、もし私が大学生に戻ったら、自分で考えてやりたいことを見つけていく時間にしたいですね。
原点(会社のDNA)
小谷会長の考え方は時代の変化に対応して、常にアップデートしている印象を持つのですが、小谷会長がそういった考え方をするようになった原点を教えてください。
私は小さい頃から「これはこんなもんだよ」と言われるのが嫌いでした。考え方の根底にはそういった「常識」に対する反発、「こうしなさい」から解放されたい、という気持ちがあったように思います。
そうした考えはご先祖の影響を受けていますか?
DNAも少なからず影響していると思います。聞いた話によると、イセトーを創設した初代藤七は、親戚が集まった時に「お前は何をする?」と聞かれて紙の商売をすると答えたそうです。どうして紙なのかと言ったら、紙は利益が薄いからだそうです。
利益が薄い商売をどうして率先してやるんですか?
利益が薄いから、たくさん働かないといけないでしょ。この「働く」というのを美徳と考えていました。また、利益が薄いということは、誰でもやりやすい仕事ということだから競争が多いんです。ということは、商売として成功させるにはそのやり方を考えざるを得ない。他社にできないことを考え続けました。これまでの常識にとらわれず工夫をしていく姿勢が今の考え方につながっているのかなと思います。
今の大学生に向けて
ありがとうございます。小谷会長が20代の頃にやっておいて、今の価値観に繋がっているようなご経験があれば教えてください!
海外旅行は多様性を実感できる良い機会だと思います。
どうして多様性を知ることが良いのですか?
多様性を知ることで考え方に幅が出てきます。どうしても若いうちは自分の中の狭い世界しか知らないから「〜とはこういうものだ」という考え方に偏りがちなんです。考え方に幅がでてくれば「〜とはこうではないかもしれない」と違う見方ができて、変化に対応できるようになります。
「就職しなければならない」や「良い大学に行かなければならない」とかもそういう類なんですかね。
そうですね。そういう常識に対して幅を利かせて考えられたら良いですね。
あと、海外は1人で行くのが良いですよ。頼ることができない環境で自ら苦労をすることで、得るものもその分大きくなりますから。