仲 良二(なか りょうじ)
株式会社ケルク電子システム 代表取締役会長
生年:1947年
仲会長、本日はよろしくお願いいたします!
よろしくお願いします。
仲会長は幼少期や学生時代はどのようなことに興味がありましたか?
私は小さい頃からずっと、遠くへ行くことが好きでね、京都から色々なところへ遊びに行っていました。中学校の思い出として残っているのは、ビワイチ(琵琶湖一周の略称)をしたことです。朝8時に京都を出発して自転車で琵琶湖を一周して戻ってくる。帰ってくるのは夜の12時を回るくらい。夜中の国道は寂しくてね、そんな時にトラックが来たりすると嬉しくなったもんです。1日で200kmくらいは走ったかな。
1日で200km!?すごい距離ですね。高校でもよく遠くに行っていたのですか?
そうですね。車に乗れるようになってからは、車で下北半島や東京の方によく行ってました。
大学ではどのようなことをされていたのですか?
私は京都産業大学の1期生だったんです。できたばかりの大学で、先輩がいないからルールや部活を全部自分たちで創っていかなければならなかった。でもそれがすごく楽しかったんです。私の場合は大学で自動車部を創ってね、毎日自動車に触れていました。そのうちに自動車部でラリー(第1回KIU500kmナイトラリー)を主催したり、当時の日本アルペンラリーに出場したりもしました。
時間がある大学生だからこその活動で、とても憧れます。しかし、社会人になるとあまり時間が取れなくなりそうですが、卒業後の進路はどうされたのですか?
大学卒業後はね、ベンチャー企業を仲間4人で立ち上げました。理由は2つあります。1つはサラリーマンになったら自分の好きなラリーができないと思ったから。もう1つは、自分のペースでやっていきたいと思ったからです。社会人になっても自分の好きなことを自分らしくやっていけるように会社を創りました。
若い頃から自分の道を突き進んで来られたのですね。
5年くらい会社を経営して、仲間と別々の道に進むことにした私は今の会社を設立しました。ラリーもやりきりましたしね。
仲会長は今、セキュリティシステムの会社を経営されています。この業界を選んだ理由はなんだったのでしょう。
それは、防犯という業界にご縁があったからです。たまたま知り合いが、ある刑事さんを紹介してくれました。当時は「水と安全はタダ」という風潮が強かった時代。そもそも防犯にお金をかける概念がほとんどなかったんですね。防犯カメラがなかったので、張り込みは人がやっていた時代です。そんな時にその刑事さんは「これからは機械化・電子化を進めて、防犯システムで泥棒を捕まえないといけない」ということを言っていました。これは面白い、と思ったので「私にやらせてください」と言い、セキュリティシステムの会社を始めました。
素敵な出会いですね。それでもはじめは大変だったのではないですか?
最初は本当に何もわからなかったので、犯罪者の心理から防犯システムまで一つ一つ刑事さんに教えてもらいました。防犯機械はセンサーのメーカーと協力して作りました。
その行動力というか熱量がすごいです。仲会長が大切にしていることは何かありますか?
「率先垂範」ということを大切にしています。自分から先頭に立って物事を行なっていきたい、っていうのは小さい頃から意識していました。
人生を通して「率先垂範」が貫かれている気がします!最後に大学生に向けてメッセージをお願いします。
「凡事徹底」当たり前のことを当たり前にやっていってください。例えば皆さんがすごいと思う人たちも、特別何かすごいことをしているわけではなく、当たり前のことを誰よりも当たり前にこなしているからこそ活躍しているのだと思うんです。自分の経験上、何をするにしてもコツコツと真面目にやれば8割方成功できると感じています。焦らず、一歩ずつ自分の道を進んでいってください。