20歳で道を決める-野村社長に学ぶ-

野村 正樹(のむら まさき)

株式会社ローバー都市建築事務所 代表取締役
生年:1970年

一級建築士の資格を取得し、自身の建築事務所も経営されている野村社長。そんな社長は法学部出身!?建築の道を志すきっかけはなんだったのだろうか?その時に苦労したことは?大学時代の活動を深掘りしていきたい。

現在、株式会社ローバー都市建築事務所の代表取締役として会社を経営されている野村社長ですが、20歳の頃はどんなことをされていたのですか?

私が20歳の頃は同志社大学の2、3回生の時で、ちょうどその頃から建築の勉強を始めました。

野村社長は確か法学部でしたよね?

そうです。

建築を勉強しようと思ったきっかけは何だったんですか?

高校生の頃から建築には興味を持っていました。家の近所におしゃれなレストランがあって、いつかこういった建物を造る側になってみたいと思っていました。しかし、高校生の時はまだ覚悟を決めることができなくて、とりあえず無難な法学部に入学しました。それでもやっぱり建築の道を諦めることはできなくて、20歳の時にこの道を極めようと思ったんです。

なるほど!大学の途中から進路を変更されたんですね。でも、それって大変ではなかったですか?

大学3回生に上がるタイミングで、建築専門学校の夜間部に通い始めました。これまで通りアルバイトと学校を続けながらだったので、結構ハードでしたね。建築には数学が必要なので、苦手な数学を毎朝7時から2時間勉強し、9時からアルバイト。その後学校の授業を受けて、それから専門学校に通う。そして、またアルバイトという感じです。

考えられないくらいにハードですね……。当時一番苦労したのはどんなことですか?

家が母子家庭でお金があまりなかったので、お金をやりくりするのは大変でした。奨学金をもらいながら、夜は祇園で働いて、家にもお金を入れて……教科書を買うお金もなかったので、本屋で立ち読みして勉強してましたね。

そこまで大変だったことを乗り越えるモチベーションはなんだったのでしょうか?

僕が建築を勉強している時、周りは就職活動をしていました。僕が建築士になる夢を諦めたら、まともな就職はできないなと思いました。それは嫌だと自分を追い込んだことで頑張れたんじゃないかなって思います。

自分を追い込む環境も時には必要なんですね。

あとは自分で決断したことだから、やりきることができました。自分で決めたことなので誰のせいにもできない。

決断する時の判断基準は何かありますか?

普通に考えて、正しいかどうかで判断をしています。例えば「嘘をつかない」とか「ズルをしない」などです。目先の利益にとらわれないようにしています。

どうしてそう思うようになったのでしょうか?

母親がよく「金持ちではなく人持ちになれ」と言っていました。その人の良いところを見てお付き合いしていくことが大事だと。母親のその言葉があったから、自分もちゃんと正直に生きていく人生を歩もうと思ったんです。

確かに、正直に生きるってとても大切なことですよね。話は変わりますが、野村社長が色々な経験をしてきて、20代のうちにやっておいたら良かったことがありましたら教えてください。

ありきたりですが、色々な経験をすると良いと思います。

色々なことって……?

私は生協から30万円を借りて、大学生の時に海外を見て回りました。お金がなかったので、アルバイトしていた方が生活をする上では良かったのかもしれません。それでも私は建築をする上で「良いもの」を見る経験がその後の仕事に活きてくると思ったので、貧乏旅行でしたが有名な建物を見て回りました。

その経験を通して、社長の中で何か変わったことはありましたか?

人生観が変わりましたね。ヨーロッパの名建築をこの目で見ることによって、「絶対この道で生きていきたい!」と改めて身が引き締まる思いがしたこと、世の中を舐めていた自分がいたことにも気づきました。また、海外で誰も頼れる人がいない中で生活をして、世の中の厳しさにも触れましたね。

ありがとうございます。最後に大学生へメッセージをお願いします。

目の前にあるもので考えて、とにかく行動してください。あるものというのは、自分の周りの環境のことですが、現状に文句を言ったり、頭で考えるだけでは何も始まらない。いつでも後戻りはできるので、とりあえず何か始めたら良いと思います。

野村社長の苦労したお話は、今の大学生をはじめとする若者にとって考えさせられるものだと思います。
現状に満足せず、自分の目的に向かって努力していける人生を送っていけたらと思いました!